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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1820号 判決

原告 三菱商事株式会社

被告 国

訴訟代理人 舘忠彦 外三名

主文

被告は原告に対し金一、九六五万八、一四三円及びこれに対する昭和二七年九月一五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、油糧公団が、協同化学との間の昭和二七年三月一五日の売買契約に基き、協同化学に対してパーム油三三四屯一三七瓩を売渡し、現品の引渡は同月三一日までになされたこと、右売買代金は金二、四三九万二、〇〇一円で、その支払は契約保証金として金二四八万二、〇〇〇円を差入れ、残額については一八〇日間の延納を認める、但し延納の場合は残代金額に対し日歩二銭五厘の割合による延納期間中の遅延損害金を支払う旨の約定であつたこと、及び延納による代金支払期日が同年九月一四日までとされていたこと、については当事者間に争がない。弁論の全趣旨及び成立に各争のない乙第一号証、同第三号証の二によれば、前記約定遅延損害金が代金支払期日を前記のとおりの日としたのに拘らず一八〇日分は計上する約旨であつたことも明らかである。

二、不二商事が、油糧公団に対して、前記協同化学の売買代金支払義務につき、保証したかどうかの点に関して、不二商事が、油糧公団から現品引渡に代る荷渡指図書の交付を受けるに当つて、同公団に対し前記代金支払期日を満期とし、右代金元利金を額面とする約束手形を振出交付したことは、被告の自認するところである。そこで右約束手形の交付と原告主張の保証契約との関係につき、以下にまず検討する。

弁論の全趣旨及び前掲乙第一号証、同第三号証の二、証人玉井猛の証言によりその成立を認める同第三号証の一(但し署名・なき原稿)によると、まず、右不二商事の手形の振出は、前記協同化学が負う前記売買代金債務の担保に供するものであつたことが、明らかである。

ところで、他人の代金債務の履行の担保に供せられる手形の振出をした際に、手形行為者が本来の手形債務のほかに、手形外においても、その他人の原因債務の保証をした、と解すべきであるかどうかの点については、ただちにこれを断言できないものである。だが、約束手形は、元来将来の手形金の支払を振出人において約するものとして、信用の手段に供せられるもので、正にその故に金銭債権実現の担保として利用され、また債権者が手形の交付を求めるのも、右の性質に由来するところが多いのであるから、かような趣旨での債権者の意思に応じて、特定の原因債務の履行の担保に供せられる約束手形を振出交付した場合には、その振出人に、原因債務について、手形外で、保証する意思があつたものと認められる場合も多いと云えよう。

三、本件についてこれを見るのに、いずれも成立に争のない甲第一、二、四、五号証、前顕乙号各証、文書の体裁内容及び前記甲第二号証との関連から、公文書として真正に成立したと認める甲第三号証、証人植松忠義、同柘植敏雄、同島津昭、同井上俊介、同吉田敬助、同干葉晴夫、同玉井猛、同清水侃三郎、同関野香三、同吉松栄吉の各証言(但し植松、玉井、清水、関野、吉松の各供述中下記認定に反する部分を除く)を綜合すると、次の各事実を認めることができる。

(一)  前記油糧公団、協同化学間のパーム油売買契約締結には、当初、不二商事の前身であつた訴外明光商事が、協同化学指定の取扱代行者として関与したが、右明光商事は売買代金支払担保のための手形振出条項を含む、右売買契約書の作成についても協同化学のために事務万端を引受けて交渉したものであること、

(二)  明光商事は、右のように、協同化学の取扱代行者(公団等統制団体に対する買受人のための買受品の受領や検量、運送、及び代金決済手続の代行を委託され、右の事務処理に必要な範囲で法律行為については代理権を付与されていた中間商社である)となつたが、その資格による以外に、同じ頃、油糧公団に対して、自らパーム油払下申請をなしたことがあり、また本件以外にも、取扱代行者として、同公団に出入りしていたから、パーム油売買に関する同公団側の希望条件については、相当程度の知識があつたこと、

(三)  本件パーム油売買代金支払の担保のための手形の振出交付は、買受人に一八〇日間までの延納を認める反対条件として、油糧公団から提示されたものであり、このことは本件契約書上に明示されていたこと、(乙第一号証、第八条、同第三号証の一第一一条、同号証の二第二条により認められる)

(四)  かような、延納を認める反対条件として、特に手形の差入を求めたのは、当時、油糧公団が、本件契約後間もない昭和二七年三月末日限りをもつて、清算事務を結了し、その有する債権債務は、挙げて、国に所管替により移譲する予定であつたことから、その頃公団が保有していた資産、なかんずく、本件パーム油のような数量も僅少でなく、金額のかさむものの売却に当つては、代金回収及び未決済事務の処理に特別の配慮を加える必要があり、ことに、本件のように、例外的に右結了時期を超えて代金の延納を認める事例にあつては、更に、一層の配慮が必要であり、或いは、買受人より手形等を差入れさせ、或いは別に公正証書を作成しておく等のことをし、且つ、手形については、原則として、銀行の保証を要求する等のことが、油糧公団の措置として、当然に必要と認められていたこと、

(五)  債権回収の万全を期する趣旨から云つて、右のように、契約上義務づけられていた手形の差入について、第三者が、手形振出人となることを、禁ずる趣旨ではなかつたのみならず、却つて、これがため、手形の信用度が増大されるような場合には、油糧公団としても、これを望ましいとまで解していたこと、

(六)  一方、協同化学は、明光商事に対して、前記公団の事務結了期の売買である関係から、現品の引渡完了を急ぐ事情であつたため、明光商事の手形差入でも、油糧公団の採るところであれば、荷渡指図書を受けるために差入れて、ともかく、荷渡は至急済ませて欲しい旨、その頃申入れたこと、

(七)  明光商事は、右協同化学の申入後に、本件手形を油糧公団に差入れたこと、

(八)  不二商事は、昭和二七年三月中、前記明光商事を含む新設合併手続により、設立された会社で、設立に伴ない、本件手形に関する一切の債権債務を、そのまま引継いだものであること、

(九)  明光商事ないし不二商事と協同化学の間で、取扱代行者たる商社が、その名義の手形を振出すにつき、これが将来することがあり得る、損害填補ないしその他これに類する事項、及び必要とするならば、考えられたであろう、手形の差換時期の確約につき、事前に明確に措置することが何らなかつたこと、

(一〇)  そして、明光商事または不二商事の信用については、油糧公団としても、当時、既にこれを高く評価していたこと。

四、そこで、以上の各認定事実によれば、明光商事ないしその承継者である不二商事は、油糧公団の求めに応じて、同公団に対し前記手形の振出をもつて、同時に、協同化学の売買代金債務を保証する意思があることを明らかにしたもの、と認めるのが、相当であり、前記のとおり、本件パーム油は、右手形と引換に、荷渡指図書により引渡されたのであるから、右当事者間で、原告主張の保証契約は、遅くとも、右荷渡指図書の交付があつたときまでの時期に、成立した、と認めるべきである。

以上の認定に反する、証人植松忠義、同玉井猛、同清水侃三郎、同関野香三、同吉松栄吉の各証言中の関係部分、証人長谷川俊一、同藤井賢一、同長谷川一郎、同佐藤英夫の各証言はすべて信用しない。

前顕乙第三号証の一中には、なるほど連帯保証人設置の条項及びその署名欄が抹消されていることが、明らかだが、連帯保証契約の書面を作成しないでも、手形の振出及び交付をもつて、これを証するのに足りる、との考えや、連帯保証人について、既存の条項上考えられていた、担保物件提供等の煩を避けるためには、契約当事者間で、敢えて右条項を抹消したと、解する余地がないではないし、またかような事例が、現実に、必ずしも稀有ではない。また、弁論の全趣旨から、右のように差入れられた手形が、後日、不二商事に対して返還されたことが明らかだが、成立に争のない甲第九号証、証人井上俊介、同沢崎正夫の各証言によれば右手形の返還がなされたのは、当時その保管に当つていた、原告の所管庁担当職員が、原告と不二商事との間で、和解手続が進行中であるから、返還しても差支えないものと、誤つて判断し、上司の指示を求めず、且つその意思に反してなしたことが、明らかに認められるから、結局、これらの事実があるからと云つて、上記認定を覆すには足りない。

そして、他に、以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

五、次に、前記認定の、原告の売買代金債権(このうち、原告の自認する契約保証金差入額を元本より控除したもの)及び約定遅延損害金債権が、すべて、所管替のため、油糧公団から原告である国に譲渡されたこと、及び、原告主張の時期までに、右債権譲渡の通知が、協同化学に対してなされたこと、については、証人柘植忠義、同千葉晴夫の証言によりその成立を認める甲第八号証の一、同号証の二の一、二と証人柘植忠義、同島津昭、同井上俊介の各証言を、証人吉松栄吉の証言(前記排除部分を除く、以下同じ)に対比検討して、これを認めることができ、その法律上の効果はすべて保証人である不二商事に及ぶというのが相当なところ、協同化学から原告に、一部代金の支払のあつたことは、原告の自認するところで、原告主張の、受入額の債権元本に対する弁済充当についても、弁論の全趣旨及び右証人吉松栄吉の証言を綜合して、原告と協同化学又はその破算管財人との間で、原告がその弁済を受ける都度、その主張の内容により、それぞれ、充当の合意があつた、と認めることができる。

六、以上の事実によれば、原告は、協同化学の保証人である不二商事に対して、その主張の債権を有しているところ、右不二商事が、昭和二九年七月二三日、吸収合併によつて、被告に統合され不二商事の債権債務が、被告に承継されたことについては、当事者間に争がないから、結局、原告は、被告に対して、残代金債権として、金一、九六五万八、一三四円、及びこれに対する約定の売買代金支払期日であつた日の翌日である昭和二七年九月一五日以降、完済に至るまで、商行為に基く年六分の割合による遅延損害金債権を、有するものということができる。

よつて、原告の請求は全部理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川真佐夫 岡山宏 秋元隆男)

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